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セッド・ジニアスと大仁
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Wednesday , February 3rd , 2010
wrestling ::

brisco_jack1.jpg
元NWA世界ヘビー級チャンピオン・ジャック・ブリスコさんが
2月1日、死去した。享年68歳。
数週間前と1週間前に心臓手術をしていたという。

ブリスコさんは、アマレスNCAAチャンピオンとなり、プロへ転向。
ブリスコさんは細身であったが、筋肉よりも腱が強く、
試合スタイルは、実践的レスリングであり、
レスラー間では「ブリスコのバックを取ることは不可能」とまで言われた。
1971年にはアントニオ猪木のUNタイトルに挑戦し、
昨今のプロレスとは異なる、これぞプロのレスリング、
プロレスの教科書というような素晴らしい試合をしており、
2本目の猪木のジャーマン・スープレックス・ホールドは正に芸術品であった。
ルー・テーズも、ブリスコさんを高く評価しており、
世界最強のシンボルであったNWA世界ヘビー級チャンピオンが
ハーリー・レイス、ジャイアント馬場、ダスティ・ローデスと
レスリングからかけ離れたチャンピオンとなってしまったことを嘆き、
ジャック・ブリスコを再度NWA世界王者に・・・・と高く評価していた。
しかし、時代はショーマンシップへと流れてしまい、
本格派のレスラーは脇役へと追いやられていった。

ブリスコさんは、1984年4月に弟のジェラルド・ブリスコらと共に、
GCW(ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング)興行権の
持株52%を、WWF(現WWE)ビンス・マクマホンに売却。
これが、NWAという組織とNWA世界王者を頂点とし、
その傘下として全米各地に存在した加盟団体、
ローカル・テリトリー時代の終焉となり、
現在に至るWWE(当時WWF)の全米侵攻をもたらせたことから、
NWA関係者からは長年「裏切り者」のレッテルを張られ、
それ以降、プロレスには一切タッチをしていなかった。
ここ数年は、その因縁も時間と共に氷解し、各イベントへ出席していた。

ハンサムな顔立ちとスリムな体型、玄人から素人までをも
納得させるレスリング技術は、正に真のプロレスラーであった。
ブリスコさんはNWA世界王者時代の超ハード・スケジュールから、
「飛行機のシートが私のベッドだ」という名言を残した。
また、1人の伝説がこの世を去った・・・・
慎んで御冥福をお祈りいたします。